私にとっての、安岡章太郎という存在

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先日、作家の安岡章太郎氏が亡くなったというニュースを聞いた。
老衰で、92歳で。

ツイッターでも発言したけど、「ついに…」という感じだった。

彼は、私の大学の卒論の題材であり、私の青春時代をいろどった作家のひとりで、特に中学の頃に出会った「宿題」はマンガ化したいと思い続けている作品だ。

安岡を説明するための文学用語は「第三の新人」。
文学史で目にしたことがある人もいるだろうが、吉行淳之介、島尾敏雄、遠藤周作などの一群を指して呼ぶ。

とか説明しても、全然知らないという人たちと沢山出会った。
吉行淳之介をNHKのドラマの影響で「吉行あぐりの息子」という人にも出会い、びっくりしたものだ。
いやいや、こっちはしまおまほちゃんが島尾敏雄の孫だって知ってびっくりしたっつうの!

と、いうわけで有名じゃないのだ。安岡章太郎は、私の世代では。
なので私が安岡を好きというのは、あまり口にしないで過ごしている。

それと、私が好きなのは安岡の作家人生でも前半の方で、後半はちょっと作風が違って得手じゃないというのもある。

第三の新人世代の作家はほとんどが他界していて、安岡も、私だって「あれ?まだご存命?」みたいにウィキペディアをたまに調べたりしていたのだが、ついにお別れの時が来た。

老衰で、92歳で。

ああ、何とも彼らしい最期。
何だか嬉しくなった。

私の好きな安岡の短編群で印象的だったのは、戦後のまだ田舎の東京の描写。
玉川電車、アメリカ軍が駐在する原宿、主人公が童貞を捨てに行った玉の井。

彼にとってのリアルな東京。

安岡死去のニュースが舞い込んで来た日、私は3年ほど勤めた渋谷の靴販売のバイトの出勤の最終日だった。

ずっと、渋谷に通い続ける自分が不思議でならなかった。
「もう販売だけは嫌だ」と思い、ちょっとの間だけと短期バイトに申し込んだら、自分の希望に合った勤務体制で経験もある靴販売を再びすることになった。

けど、販売をすることも、渋谷で働くことも、結局自分で選んで、向いているという道すじが、歩むべきところだったんではないのかと思えるようになった。

去年、私は再び東京に住み始めた。
そして、ここが自分のホームタウンなんだと、先日とても強く思った。

そういったことと、退職の日と、安岡の死と、勝手に私の中でシンクロして、節目の日だったんだろうと思っている。

ついに、そして、その人らしい最後。
1月29日は、私にとってもそんな日だったと思う。

個人的な「陰気な愉しみ」としての存在、安岡章太郎。
おやすみなさい。
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by nanv | 2013-01-31 17:00 | je crois ぼんやり


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